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【 2/6 王朝の歴史 】

ダンブッラを基点に、ポロンナルワ シーギリヤを巡った1日。
7:00に出発し、シーギリヤより離れているポロンナルワから攻めてみました。

ポロンナルワは、10〜12世紀にシンハラ王朝の首都があり、仏教都市としてタイやビルマ(ミャンマー)の仏教僧が訪れる場所でした。前都のアヌラーダプラを南インドのチョーラ王朝に追われ、ポロンナルワに移ったという背景が、この遺跡に形となり残っていたりします。
例えば、アヌラーダプラにあるものと違い、ヒンドゥーで大切にされている牛の姿が無いムーンストーン →→→
これは、アヒル・象・馬の図柄です。


しかしこの日は暑かった。そしてポロンナルワは広かった・・・。
あまりの広さと数々の遺跡のおかげで、後半は満腹状態。
スリランカの陽射しの強さったらもう。驚くことに、この日、突如として私の顔に大きなシミが生成されたのです。嘘じゃありません!テニスをしていた頃、体に小さな無数のシミを作ったことはありますが、顔に大きなシミが出来たのは初めてです。年齢もありますけど・・・、やっぱりこの強烈な陽射しのせいだーーー!


遺跡には陽射しを遮るものがないんだな。
帽子は取らなければならないところが多いし!
こりゃまいった。


遺跡についての説明は、歴史と仏教についての説明とも言えるわけですが、それらは知らない単語ばかりなわけで、その場の状況から推測できない英語なわけですよ(笑)。壊滅的でした。私のような者は特に、こういった場所は予習が必要ですな。
エリも、仏教については詳しくないので、理解できない部分が多くあったようです。日本人には仏教徒が多く存在する中、仏教の知識の無い私達に?マークのドライバーさんでした。
※スリランカでは、ドライバーがガイドをしてはイケナイことになっています。一応。
多くの日本人は、年に数回(1〜2回)程度しかお寺に行かないと説明したときも、ナゼだ?という状態です(もっと行っている方ごめんなさい・・・)。どうしてそんなにこだわるのか私が理解できないよりももっと、相手にとっては理解できないことなんだろうな。


ゲストハウスでランチを食べ、楽しみにしていたシーギリヤへ向かいます。
昨日ダンブッラで高いところに登ったときも、今日の移動中にも遠くに見ることができたシーギリヤ・ロック。
チケットオフィスまで付いてきてくれたドライバーさん、さすがにこの岩は一緒に登らないようで「アッチの駐車場で待ってるからな」と、お別れしました。



メインゲートを抜けてまっすぐ続くその道は、岩を演出するかのよう。
これはただの岩ではなく、5世紀後半には頂上に王宮を建てて王が住んでいたというので驚きです。その王は、実の父を殺し、王の座についた末に城を築きましたが、11年という短い統治期間だったそうです。その後、イギリス植民地時代の19世紀後半にイギリス人によって発見されるまでの1400年あまり、誰にも見つかることなく埋没していたのでした。

近くまで行くと1200段と言われる階段が見えてきて「大丈夫かいな?」と自分を心配しました。岩の真下までくると、その大きさに圧倒されちゃいます。

16:00 スタート〜!!
この後の予定が無いならば、もう少し後に登り始めることをお勧めします。

これ→、まだ上り始めなのですが、初老の男性が、両脇を抱えられて上っている姿が見えました。こういうアシスタントが存在するわけです。ガイドブックには、要らないと言っているのに無理矢理抱えられてお金を請求されたと書かれていましたが、必要な人もいるということですよね(笑)。
しかも太っている方でしたので、アシスタントも相当苦労している様子。あれじゃあ、倍額以上の料金もらいたいだろうなー。
男性を追い越して上り進む2人の間では、「あの人、あそこであれじゃあ、絶対に上まで来られないよね」という会話がされておりました。

私達には同行してくれる現地人がいないので、ガイド目的の兄ちゃんが(ライセンス無し)世間話をしながらついてきてうるさいうるさい。他の遺跡と比べたとき、説明ガイドの必要性は低いと私は思います。1人なら話相手にガイドさんがいてもいいかもね。

上り始めて20分くらい、すでに汗だくになり、足元の透ける螺旋階段を上りきったその先に、美しいフレスコ画がありました。波打つ岩肌に、この絵ですよ。色が何とも綺麗で、とても1500年前のものとは思えないほどです。現在は18人の女性の姿しか残っていませんが、かつては500人ほど描かれていたというのですから、その様子、見てみたかったです。




フレスコ画の先を進むと、ミラー・ウォールという壁を右側に見ながら進みます。幾らだか忘れてしまいましたが、このミラーウォールに触れると、かなりすごい額の罰金みたいなのを取られるので気を付けましょう。注意書きが張ってあるんですけど、あまり目立たなかったりするんですよね。もちろん、しっかり見張り番がおります。
このミラー・ウォールの美しさ、私にはわかりませんでした。

これまでの階段より緩やかな傾度の階段をのんびりと進んでいくと、宮殿の入り口となる広場が見えてきました。
昔はライオンの顔があり、そこに飲み込まれるようになっていたのだろうと「シーギリヤ」という地名から推測されています。シンハラ語でライオンは「シンハ」+のどを「ギリヤ」=「シンハギリヤ」→「シーギリヤ」に変化したのではないか。とガイドブックに載っていました。
東アフリカの言語、スワヒリ語でライオンは「シンバ」と言いますが、似てるね?

気付けば頂上まであと少しですが、いやはやココからが私にとっての難所でした。岩肌に沿って造られた階段、上に行けば行くほど狭くて心許ないのです。当たり前よね、岩肌だもんね。風がビュービュー吹いていて余計に怖かった。ここへはズボンで行ったほうがいいと思われます。
この岩の大きさですが、写真中央右下寄りの白い人間2人の影と比べていただくとわかりやすいかと。
足元の恐怖におののきながらも広場を眺めていたら、あのおっちゃんが到着しているではありませんか!!いやー、根性あるね。アシスタントさんも頑張ったね。アレ?頂上で見たっけかな・・・おっちゃん。あの階段はアシスト無理だから諦めたかな?

頂上には16:40頃到着。広場で10分ほど休憩したけど、こんなもんで上れちゃうんだ。
サンセットまで、頂上でボーっとする2人。サルも来れば犬も寄ってくる。そしてドライバーさんが上ってきた(笑)。駐車場の位置がわからないんじゃないかと心配になったみたいです。1200段、ご苦労様、ありがとう。


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